口唇に発生した肥満細胞腫(マルチーズ8歳雄)
口唇付近に腫瘤がみつかり近医を受診、細胞診を実施し肥満細胞腫と診断されました。
部位的に完全切除は困難であり、切除をする場合、唇がなくなるので歯がむき出しの状態になると言われ、セカンドオピニオンを求めて当院を受診されました。
上顎の口唇に直径1cm程の腫瘤があり一部潰瘍を形成していました(図1)。
飼い主様には今の大きさなら完全切除が望めること、手術層が単純閉鎖できない場合は口唇の回転皮弁もしくは伸展皮弁で対応できると説明し、外科切除を行うこととしました。
手術範囲は鼻の境界ギリギリまでマージンを確保し、楔状に切除しました(図2)。
切除後、縫合の方法を検討しましたが回転皮弁等は必要なく単純縫合で創閉鎖を行うことができました(図3)。
病理組織検査では腫瘍は肥満細胞腫で、悪性度は低く手術によって完全切除ができていました。術後10日ほどで抜糸、その後は経過観察を続けていますが現在のところ再発、転移、新たな肥満細胞腫の発生は認めていません。
コメント
肥満細胞腫は犬で最も多く認められる悪性腫瘍で、多くは皮膚や皮下に発生する腫瘍です。肥満細胞腫は悪性度の低い孤立性のものから、全身に転移し急激に進行する悪性度の高いものまで、様々なタイプがあります。
特徴的な好塩基性顆粒を細胞質に含んだ円形細胞が多数認められます。
肥満細胞腫は体の中の肥満細胞という細胞が腫瘍化したものです。肥満細胞は免疫細胞の一種で全ての犬に存在しています。肥満とは関係なく、太っているから肥満細胞腫になりやすいということはありません。
肥満細胞は炎症反応やアレルギー反応を引き起こす細胞でヒスタミンという物質を蓄えています。肥満細胞がヒスタミンを放出すると、周囲に炎症を起こして赤く腫れたり、潰瘍を形成し出血したり、全身がだるくなったり、胃潰瘍を引き起こしたりします。
肥満細胞腫には様々なタイプがあり、悪性度の低い肥満細胞腫は手術によって完治することが多いですが悪性度の高い腫瘍は、診断時にリンパ節や肝臓、脾臓などに転移していることが多く、手術だけでは根治することはありません。その場合は手術後、放射線療法や抗がん剤などの化学療法などを併用する必要があります。肥満細胞腫の悪性度は術前の細胞診で判断することもありますが正確な悪性度は摘出した腫瘍の病理組織検査で診断します。術後悪性度が高いと判明した場合、拡大手術や補助的化学療法、放射線療法などを行うことがあります。
本症例は細胞診で比較的悪性度の低い肥満細胞腫と考えられたので、手術によって根治が期待できました。ただ切除後に単純縫合で創が閉鎖できるかどうかわからない状況でした。単純縫合で創閉鎖できない場合、口唇の回転皮弁、伸展皮弁などを利用することで創閉鎖ができます。複数の創閉鎖のパターンを想定しておくことで、腫瘍を予定通りの範囲で切除することができ、ストレスなく創閉鎖することができました。手術創の再建方法を多く知り、準備することによって、確実な切除ができ、腫瘍の取り残しを防ぐことができます。皮膚の再建には回転皮弁、伸展皮弁などの皮弁法、皮膚移植術などがあり、再建部位と大きさによって様々な方法を検討し、準備する必要があります。