循環器科症例
僧帽弁閉鎖不全症(キャバリア 12歳 雌)
キャバリア 12歳 雌。
しんどそうに呼吸をしている、咳がひどいとのことで来院。
以前より心臓が悪いといわれ、心不全の薬と気管拡張薬を飲んでいるとのことでした。 来院時は努力性呼吸をしており、乾性の咳を認め、右胸壁からもスリル(触診で心雑音がわかること)を触知できる状態でした。
酸素吸入を施し、呼吸が落ち着いたところでレントゲン撮影を実施しました。 心臓は円形心を呈しており重度のうっ血が示唆されました。 そこで処方の心不全薬に加えて利尿薬を処方し、心臓の負荷を軽減させることにしました。 また、以前膀胱結石ができたことがあり、以来結石予防のフードを食べていたとのことでしたので、結石予防のフードは中止し心不全に対応できるフードに変更しました。
一週間後、再度レントゲンを撮影、心臓は以前と比べ小さくなり、ややウエストも認められるようになりました。同時に初診時に行えなかった超音波検査を実施しました。超音波検査では僧帽弁から左心房へのモザイク血流、E波増高などを認め、僧帽弁閉鎖不全症と確定しました。
その後、利尿薬を徐々に減量していきましたがE波の増高がみられたため利尿薬の種類を増やして対応しました。現在も、咳は時折出るとのことですが、肺水腫などの致命的な状況に陥ることなく、利尿薬の量を調整しながら対応しています。
初診時レントゲン像 | |
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腹背像。心臓が全ての領域で肥大する円形心になっています(症例の呼吸状態を懸念ししっかりとしたポジションで撮影できなかったため心臓が変位して見えます)。肺は水がたまっている様子もなく、問題ないと判断しました。 |
右ラテラル像。心臓が重度に肥大し気管を圧迫しています(矢印) |
2週間後レントゲン像 | |
初診時と比べると心臓の大きさが小さくなっていることが分かります。 心臓の形も円形からややくびれた形に戻りました。 |
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パルスドプラ像。パルスドプラは血流の速さを測定する方法です。左心房から左心室へ流れ込む血液の速さ(Evel、Avel)を測定しています。特にEvelが150cm/secを超えると肺水腫に陥る危険性が非常に高いといわれています。僧帽弁閉鎖不全症の治療では特にこの数値を定期的に観察して、投薬量を調整していきます。本症例では2週間後にはEvelは100cm/sec以下に落ち着き、肺水腫の危険は回避することができました。 |
カラードプラ像。カラードプラは心臓の血流に色をつけて観察する方法です。通常、血流は一方向に流れていくためカラードプラでは赤色か青色一色で表示されます。本症例では僧帽弁の閉鎖不全によって血流に乱れが生じモザイク様のパターンが示されました。 |
コメント
キャバリアという犬種を考えるとおそらく以前からMRを患っていたと考えられます。円形心とは心臓に血が渋滞してしまいうまく排出できていない状態で、肺水腫に陥る危険性が非常に高い状態でした。
治療方針としては利尿剤を使用し、排尿を増やすことで血液を少なくして心臓の負担を減らすことにしました。一方で利尿剤を使用すると、尿が出すぎて、脱水症状に陥ったり、腎臓に大きな負担がかかり体調を悪くすることがあります。心臓の負担を減らし、かつ腎臓にあまり負担がかからないようにする、この調節は心エコーを用いて判断します。心エコーは形態的な異常でではなく、カラードプラーやパルスドプラーなどで血流の異常や血流の流速などをリアルタイムで測定できます。特に利尿剤の増減はE波という左心室に流れ込む血液の流速を測定することで肺水腫に陥らないように調節しています。 僧帽弁閉鎖不全は薬を飲んでも、治ることはなくあくまで進行を抑える治療がメインになります(近年、大学病院などの高度獣医療を行う施設では外科的に完治を目指す治療も行われ出しています)。調子が良くなったからといって薬を飲むのをやめてしまうと、心不全は進行していきますので、きっちり薬を飲ませることと定期的に検診し、薬の量を調整することが非常に大事です。
本症例では結石予防のフードを食べていました。結石予防のフードは塩分濃度が高く、心不全の患者さんには非常に負担がかかるフードになります。特に老齢犬の場合は心不全がないか注意して与える必要がありますので定期的に健診を受けながら与える必要がある処方食です。心不全と結石、どちらが現在患者さんにとって優先して治療すべきものか判断することが重要です。本症例では心不全の治療を優先し、膀胱結石用のフードは中止しましたが現在のところ膀胱結石の再発はなく良好に経過しています。